日本人町跡

エリア

アユタヤ

17世紀前半アユタヤ王朝時代に、周辺諸国だけでなくペルシャやヨーロッパ、そして日本からの貿易船が往来し国際貿易港として発展してきたアユタヤに築かれた日本人街。
御朱印船にたずさわる人々が、最盛期には約3,000人住んでいたと言われる。
なかでもアユタヤの繁栄期、王朝に仕えて王の親衛隊長にまでのぼりつめた日本人街の頭領・山田長政の活躍は良く知られている。
チャオプラヤ川のほとりに、石碑、石灯籠、鳥居が残っている。
1933年に武具などが発掘され、 小さな神社と「アユタヤ日本人町の跡」と記された石碑が建てられた。
現在はコンクリート敷きの公園になっている。